散歩のついでに富士山に登った人はいない〜小宮一慶さんの本より〜
■小宮一慶さんの言葉。
「散歩のついでに富士山に登った人はいない。」
大好きな小宮一慶さんの本に何度か出てくる言葉です。
■意味
散歩のついでに富士山に登った人はいないというのは、
”目標を持たずに漫然と歩いていても、目標は達成されない”
ということです。
さらにこの言葉に関して小宮さんの話が面白いのは、
目の前のことに必死で取り組むことは重要です。
しかし、それはひょっとしたら、必死で「散歩」をしているだけかもしれません。
富士山に登ろうとしている人も歩いています。
散歩をしている人も歩いています。
結果的に何かを達成する人も、毎日精一杯仕事をしています。
そうでない人の中にも精一杯仕事をしている人はたくさんいます。
その違いは、富士山に登ろうとして、それに向かって歩いているのか、それとも、何の「目標」もなしに歩いているかの差です。
何十年もの間、目標を持って働く人と、そうでない人とでは、同じようにがんばってみても大きな差がつくのです。
■「頑張ったかどうか」ではない。
僕は今まで、差が出るのは、「頑張ったかどうかの違い」だと思っていました。
しかし、違うのですね。
確かに、富士山に登る人も散歩する人も、「歩いている」という点では同じ。
ですから、頑張ったかどうかの違いではなく、「目標に向けて」頑張ったかどうかの違いだと気付きました。
目標なしにがむしゃらに頑張って、結果的に大きなことを成し遂げることもあると思います。
ただ、がむしゃらに頑張って、さて目標を立てようかと思った時になって、その目標と現在地との差があり過ぎるという事態は避けたいです。
時間は巻き戻せませんから、一旦反対方向に行ってしまったら、やはり目的地にたどり着くには相応の時間と労力を要するわけです。
頑張ることは大前提として、せっかく頑張るなら、目標を立てる。
明確な目標を立てようと思うとそれだけで時間がかなり掛かるので、まずは、ぼんやりと、この辺りかなという目標を立ててみる。
そして、行動してみる。
近づけば、その分、目標の輪郭ははっきりしてくるはずです。
小宮さんの本は、本当に面白いです。
小宮さんは、人の言葉や本をとても大切にされていて、憧れる方の一人です。