意識と行動で人生は好転する!

弁護士×プロコーチ×セミナー主催者のパラレルワーカー新井玲央奈のブログ。

自分の成功法則も、誰かの成功法則も、”パーソナルなもの”に過ぎない!




▼僕は、理屈で考えようとします。

 もちろん、理屈で全て説明つくわけじゃないことも知っています。

 だけど、できるだけ理屈で考えたい。

 それはなぜでしょう?

 

▼先日ある人に、「それは、新井さんが、理屈で考えてうまく行った成功体験があるからじゃないですか?」と言われました。

 正にその通りで、ハッとしました。

 

▼小学校の頃、テストで、30点とか40点を連発していました。

 あまりに点数が悪く、家の近所の溝に捨てて帰っていました。

 雨の日に溝に水が溜まり、捨てていたテストが溢れだして近所の人の目に触れるという衝撃体験もありました。

 

▼公立の小学校で、周りと同じような生活をしているのに、僕は凄く点数が悪かった。

 この時、幼いながらに「あ、地頭は良くないな」と悟ってしまいました。

 

その後僕が司法試験に合格できたのは、”理屈で考えたおかげ”です。

 センスで勝てないと思った僕は、どうすれば合格できるのか、理屈で考えました。

 その結果、司法試験合格という成功体験ができたのです。

  

▼落ちこぼれだった僕にとって、その成功体験は非常に大きかった。

 だから今の僕は、「理屈で考えること」によって、新たな成功体験を得ようとするわけです。

 

▼その後、本から学ぶということだったり、「小さく始める」ということだったり、自分なりの小さな成功体験を重ねました。

 

そして今人に語ることは、結局それらの成功体験をベースとした成功法則でしかないんです。

 それ以外語れないと言った方が正確でしょうか。

 だって、自分が成功体験を得た方法以外、体験してないんだもの。

 失敗から学んだということも、「学んだ」という点で成功体験。

 

▼そういう視点で見てみると、

 『人が語る成功法則は、”客観的に正しい成功法則”ではなく、”自分の成功体験をベースにした成功法則”ではないか?』

という仮説が立ちました。 

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▼理屈で成功体験を得た人は、「理屈で考えるのが正しい」と思う。

 考えるより行動で成功体験を得た人は、「行動することが正しい」と思う。

 本を読んで成功体験を得た人は、「本を読むことが正しい」と思う。

 そんな綺麗に分けられるわけではありませんが、「基本スタンス」はあるはずです。

 

▼ある人が「こうすればうまくいくよ」と言ったところで、それはその人の成功体験から導かれる成功法則でしかないわけです。

 他の人の成功法則を学んだ上で確立されたものであったとしても、最終的には、その人の成功体験があるからこそ「こうすればうまくいくよ」と言えるわけです(成功体験のない成功法則なら、そもそも成功法則ではない)。

  

「人が話す成功法則は、その人のパーソナルな成功法則でしかない」と適度な距離感を保つ。

 その距離感を間違えると、自分に合わない成功法則を盲信してしまったり、「言ったとおりにしたのにうまくいかないじゃないか!」と他責になってしまいます。

 疑って掛かるという意味ではなくて、結局最後に判断しなければならないのは自分だということです。

  

「自分が思う成功法則は、自分のパーソナルな成功法則でしかない」と適度な距離感を保つ。

 その距離感を間違えると、自分の成功法則を人に押し付けてしまったり、新たな考え方に目が向かなくなります。

 

▼「正解がある」という前提で考えないことです。

 「正解がある」という前提で成功法則コレクターにならないことです。

 自分で正解を作るんです。

 成功体験を積み重ね、オーダーメイドの成功法則を手に入れるんです。 

 もちろんこれも、僕のパーソナルな成功法則。