司法試験が教えてくれた、人生に活かせる教訓#2~人生に、「これだけやれば良い」という正解はない~
■「どれくらい勉強すれば良いですか?」
大学生やロースクール生から頻繁に質問されることがあります。
それは、
「どれくらい勉強すれば受かりますか?」
という質問です。
大学生の時、実は僕も同じ質問をしていました。
例えば、「1日8時間だよ」と言ってもらえれば、「8時間やれば合格できるし、8時間しかやらなくて良い」と安心できます。
また、目安として、どれくらい努力すれば良いのか分かっておいた方が、努力しやすいです。
だから、質問したい気持ちはよく分かります。
■僕の答え
考え方は色々あると思いますが、僕は、
「本当に合格したいなら、充てられる時間全て」
と答えます。
こう答えると、質問してきた方は、「えぇー・・・」とガッカリします。
しかも、充てられる時間全てを費やしても、合格するとは限らないわけです。
この、「本当に目標達成したいのなら、充てられる時間全てを充てる」という発想は、何も司法試験に限ったことではなく、人生でも同じことではないか、と最近になって思うようになりました。
■「充てられる時間全て」とは?
24時間から、必要な時間を除いた全てです。
これは、司法試験に限らず、本当に達成したい目標がある場合の心構えだと思います。
ただ、修行僧のような生活をしましょうということでは決してありません。
睡眠、食事、お風呂等は、最低限必要な時間です。
これに加え、何を「必要な時間」にするかは人それぞれでしょう。
しかし、成し遂げたい目標があるのですから、「あれもこれも必要」という訳にはいきません。
「これは本当に『今の自分にとって』必要か」と考える意識が不可欠です。
また、仮に必要な時間だと判断しても、「本当にこれだけの時間を掛ける必要があるのか?」と考える意識も不可欠です。
そして、必要な時間を除いた時間の中で、効果を最大化する意識も不可欠です。
ここまでをまとめると・・・
本当に目標を達成したければ、
√ 今の自分にとって、本当に必要なことに、本当に必要な時間を掛ける。
√ それ以外の充てられる時間を全て充てる。
√ 限られた時間で効果を最大化させる。
■なぜ「充てられる時間全て」なのか?
なぜ僕が受験生に対して「充てられる時間全て」と答えるか。
それは、「何時間やれば絶対に結果が出る」という答えは存在しないから。
司法試験を例にすると、
同じ日数に対して、一日15時間勉強した人と、一日6時間勉強した人、どちらも受かるかもしれません。
その場合、15時間勉強した人は、「勉強し過ぎた」のでしょうか?
違いますよね。
能力も、蓄えている知識も、集中力も、本番の強さも、前提条件が違いすぎますから、一概に答えが出せるはずがありません。
もっと言えば、15時間勉強した人が落ちて、6時間勉強した人が受かるかもしれません。
もう、答えの出しようがありませんよね。
「6時間しか勉強せずに合格した」という話は光明のようですが、これを鵜呑みにして6時間しか勉強しないというのは、あまりに危険です(それでも受かる人は受かりますが)。
■今を起点に考える
結局、自分は、「何時間やれば結果が出るか?」という問に対して、「結果論で考える」のか、「今を起点に考える」のか、自分がどちらのアプローチでいくかという話です。
結果論で考えるのなら、「結果的に」結果を出した人が何時間やったかリサーチして、統計や平均値を出せば良いんです。
ただ、僕は、この方法で導いた答えを信じるのは、恐すぎます。
今を起点に考えるのなら、充てられる時間全てを費やすという答えになるはずです。
なぜなら、何時間やれば絶対に結果が出るのか答えが出ない以上は、いくらやってもやり過ぎることはないはずだからです。
バーが何センチか分からないのなら、最大限、高く飛べば良いんです。
結果的に、余裕で飛び越すことができた時、「余裕で飛び越せるんだったら、もうちょっと努力少なくてよかったじゃないか!」と後悔するのではなく、余裕で飛び越せる力が付いたことを喜べば良いわけです。
■最後に
こうやって書いていますが、僕は受験時代、徹底できたわけではありません。
だけど、徹底しようという意識は常に持っていました。
そういう意識を持っていても、徹底できないわけです。
それだけ、人間は弱いものです。
もしそういう意識すら持っていなければ、もっと無駄な時間を費やしていたと思います。
このことは、今も同じです。
初期設定をどこに設定するかです。
初期設定を設定しても、できないのが人間。
だったら、高く設定しなければいけないと思うんです。