■ 心に潜む欲求。
人の心の中には、「悪口を言いたい欲求」があると思います。
「悪口」には、批判や非難も含みます。
もちろん建設的な批判や非難は貴重ですが、ここでいう「悪口」は、単に「あの人のああいうところが嫌い」、「気に入らない」というような類です。
自分の価値観や考え方の枠に入らない人を見た時、つい、悪口を言いたくなりませんか?
※「え?全然言いたくならないよ?」という方も、少々お付き合い下さい。
■ 以前の僕
以前の僕は、よく悪口を言っていました。
自分が悪口を言いたくなる人間だというのはよく分かっているので、今は、言わないように気をつけています。
■ なぜ言わないように気をつけているのか。
① 悪口を言ってエネルギーを発散している限り、成長しないから。
悪口は必ず他責ですから、人のせいにして、それで終わり。
自らの言動を省みる機会を失います。
人の評価を下げたところで、自分の評価が上がるわけではありません。
② 悪口を言っているその姿自体、決して良いものではないから。
悪口を言っている人を見て、「あぁ、素敵な人だなぁ」とは思いません。
カフェなどで、悪口を言っているグループを見つけてしまったとき、「素敵なグループだなぁ」と思うでしょうか?
③ 雰囲気が良くないから。
悪口を言っている最中だけでなく、よく悪口を言っている人というのは、普段の会話の端々や雰囲気で結構分かります。
そういう雰囲気を醸し出してしまうことは、決して望ましいことではありません。
④ 場合によっては、悪口が本人の耳に入ることもあるから。
⑤ 信用してもらえなくなるから。
僕は、よく悪口を言う人に対して、「この人は、僕のこともどこかで悪口を言うんだろうな」と思ってしまいます。
だから、信用しづらいですし、距離を取ってしまいます。
このように、「悪口を言わない方が良い理由」はたくさんあります。
他方、「言った方が良い理由」はなかなか見当たりません。
■ じゃあ、一切悪口を言わないのか?
正直、言ってしまうことはあります。
多少のガス抜きも必要だと思います。
ただ、気をつけているのは、「悪口を言わない」ということを原則にすること。
これが逆、つまり「言う」を原則にしてしまうと、悪口は半永久的に続きます。
なぜなら、悪口を誰かに話すと、一瞬スッキリするから。
悪口を話した相手が、「えー!それは酷いね!」なんて好リアクションをしてくれたら、なおさらスッキリします。
気に入らないことがある度に悪口を言って一瞬のスッキリを求める。あるいは馬鹿にして面白がる。
そういうことを続けている限り、悪口は止められません。
「言わない」を原則にしても、すぐにうまくはいきません。
三歩進んで、二歩下がるです。
■ 最後に。
悪口を言いたく欲求が既にある人は、それを根絶することはできないかもしれません。
僕自身がそうです。
他方で、単に我慢、我慢ではしんどい。
そこで、そのエネルギーをどこに向けるかを考えます。
僕は、悪口を言う代わりに、教訓を得ようとしています。
そして、悪口としてではなく、教訓として、人に話したり、ブログに書いています。
教訓を整理して、自戒のためという目的でもあります。
もし「悪口を言いたい欲求」があるのなら、プラスのエネルギーに変換してみてください。
悪口を言い合う関係を解消すると、一瞬吐き出し口がなくなってストレスになりますが、そこを乗り越えると、きっと違った世界が見えるはずです。
そういえば、こういう本があります。オススメです。