槇原敬之さんの「君の声を待つ夜」という歌の中に、
思いだせる痛みがあることで
誰かに優しくなれるのなら
僕も風邪を引いたことがあってほんとうによかった
という歌詞があります。
10年ほど前に聴いた歌なのですが、なぜか、事あるごとに思い出します。
この歌詞の僕の解釈は、
自分が辛い経験をしたことで、同じ辛い経験をしている人の痛みや気持ちが分かる
だから、辛い経験も、悪いことばかりじゃない
ということ。
もちろん、全ての辛い経験をそう思えるわけではありませんが。
いくら相手のことを想っても、いくら一生懸命想像しても、経験しないと分からない痛みがある。
だからといって、”あなたには分からないでしょ!”と拒否するということではない。
”どうせ分からないんだから何やっても一緒でしょ”ということでもない。
その痛みを、経験として分からなくても、分かった気にならず、出来ることがある。
その痛みを、経験として分かっているのなら、分かる人にしか出来ないことがある。
ただ、本当に同じだけの痛みを分かることはできないと思っている。
痛みの強さ、感じ方は人それぞれ違うから。
もちろん、”辛い経験をしてよかった”とは言わないけれど、”経験したからこそ出来ることがある”とは思う。
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