意識と行動で人生は好転する!

弁護士×プロコーチ×セミナー主催者のパラレルワーカー新井玲央奈のブログ。

「独立なんてとんでもない!」と思っていた僕が、なぜ独立を決意できたか #7〜僕が決意できた理由〜




■独立までの経過(前回と同じなので読み飛ばしOK)

【1年目~3年目】

 目の前の仕事で精一杯

【4年目】

 ・同期が独立する・したという話が出始め、自分のキャリアについて考えた結果、「選択しない結果としての現状維持」から「選択した結果としての現状維持」にシフト。

 ・「自分の土俵を見つけよう」と意識するようになった。

 ・日々の意味付けが変わった。

【5年目】

 おぼろげながら、本を書きたい、講演をしたいという夢が芽生えるが、方法論がサッパリ分からない

【6年目〜7年目秋】

 ・自分をつくる学校に通い、理想と現実の大きなギャップに打ちひしがれる。

 ・現状でやれることをとにかくやるしかないと改めて決意。

 ・セミナー主催、ビブリオバトル司会、大学での講演、推薦図書企画、個人コンサル、出版塾に通うなど、自分の将来につながりそうなことを、小さくてもとにかくやった。

【7年目の8月21日】

 独立を決意←今日はココ。 

■独立を決断

 2014年8月21日、独立すると最終決断。勤務先に伝えました。

 2013年6月5日に初めて講演をして、約1年2ヶ月が経過していました。

 

■独立の決断を、理屈で説明します。

 「なぜ独立したんですか?」

 「どうやって決断できたんですか?」

 色んな人から聞かれました。

 僕は、生き方や考え方を伝えたいという志を持っている以上、「なんとなく」とか「勢いで」みたいにお茶を濁すわけには参りません。

 理屈で全ては説明できませんが、その時の心境や状況を振り返って、ある程度は理屈で説明したいと思います。

  理屈で説明することによって、「あぁ、そういうロジックが積み重なって独立を決意したんだな。僕(私)の場合はどうなるかな。」と、少しでも皆さんの状況に当てはめて参考になれば嬉しいです。

 では、始めます。

 

■独立を決意した時の心境。

 簡単に言うと、

 「独立して、自分の好きな事を、好きなように、好きなだけやりたい!だから、独立する!!」 

という心境でした。

 もちろん、「好きな事」とは、1日中寝るとか、ダラダラするとか、そういう消費行動ではなく、「意識と努力で人生は好転するというメッセージを多くの人に伝えたい」という目標や理想とするライフスタイルを実現するための創造行動を指します。

 弁護士業も、その他の活動も、「意識と努力で人生は好転する」というコンセプトに一本化したかったんです。

 

■「独立したい!」は、なぜ生まれたか?

 当時の僕の状態を的確に言い表した本田健さんの言葉をお借りして説明します。

 あなたにとって必要なことは、あなたの人生の目的と、ふだんの生き方をどう結びつけるかです。

 この二つが結びついていないと、人は知らないあいだに、イライラを感じたり不満を感じたりします。

 しかし、自分のなかで、この二つがピタッと一致していたら、世間がなんと言おうと、その人は幸せになれるのです。

 生きる目的とは、「あなたの生涯を貫くテーマ」です。

    (「これから、どう生きるのか」(大和書房)P180)

 つまり、

✔「人生の目的」と「ふだんの生き方」が一致→幸せ!

✔「人生の目的」と「ふだんの生き方」が不一致→イライラや不満…

 ●「人生の目的」と「ふだんの生き方」が不一致だと、なぜイライラや不満を感じるか?

 それは、ギャップがあるからだと思います。

 そのギャップにイライラや不満を感じます。

 ギャップが大きければ大きいほど、大きな不満やイライラを感じます。

 人生の目的が明確でない時期は、そもそもギャップが生まれにくい。

 だけど、人生の目的が明確化すればするほど、ふだんの生き方がそれに付いて来ない限り、ギャップが開き続けることになります。

 「人生の目的の明確化→ふだんの生き方とのギャップが開く→そのギャップにイライラ・不満を感じる」というサイクル。

 ●僕の「人生の目的」

 弁護士6年目である2013年2月~5月に自分をつくる学校に通い、本当にやりたいことが見つかりました。

 ただ、その時点では、「やりたいのは、おそらくこういうことなんだろうな」という感覚でした。

 ところが、前回書いたように、セミナーや講演などのライフワークをどんどんやると、本当にやりたいことがどんどん明確になっていきました。

 同時に、

 ・こういう人たちに囲まれていたい

 ・こういうライフスタイルで生きていきたい

 ・こういう人でありたい

というように、”各カテゴリーにおける理想”もどんどん明確になっていきました。

 その結果、僕の人生の目的は、「出版、ブログ、セミナー、講演、個別の対話などを通じて、意識と努力で人生は好転するというメッセージを多くの人に伝えるということ」だと自覚しました。

 ライフスタイル、財産、人間関係などのカテゴリーにおける理想を実現すること。これも人生の目的に含まれます。

 30そこそこの人間が人生の目的を見つけたというのはおこがましいですが、ここから発展することはあっても、全く見当外れということは無い。

 少なくとも僕は今そう思っているので、その前提で進めます。

  ●僕の「ふだんの生き方」

 職場ではかなり裁量を与えられていましたが、決められた場所で、決められたメンバーで、決められた仕事を続ける日々でした。

 職場には職場のやり方、スタイルがあるので、僕の人生の目的を持ち込むわけにはいきません。

 また、時間的・労力的には、毎日のメインは仕事で、ブログやセミナーなどのライフワークはあくまでサブでした。

 ●僕の感じたギャップ。

 人生の目的が明確化すればするほど、僕の感じるギャップは開き続けました。

 一気にではなく、徐々に、徐々に、ボディーブローのように効き続けていました。

 それは、「ふだんの生活が悪化した結果のギャップ」ではなく、「人生の目的がどんどん明確になっていった結果のギャップ」でした。

 そして、そのギャップにイライラや不満を感じ、そのイライラや不満は日に日に膨らんでいきました。

 そのギャップを埋めて、人生の目的とふだんの生活を一致させたい、ギャップから脱出したいという思いが、「独立したい」という思いの正体でした。

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photo credit: Sweetsop via photopin cc

 

辞める前提ありきでの独立はしない。

 時折、「勤務先が嫌だから辞めたい」というパターンがありますが、僕は、「辞めるという前提ありきで行き先を探す」というのは絶対止めようと思っていました。

 なぜなら、どこに行っても必ず不満は出てくると思っていたからです。

 余程勤務先が酷ければ「辞めるという前提ありきで行き先を探す」というのもありですが、僕の場合はそういう状況ではありませんでした。

 ですから、辞める時は、「辞めるという結論ありきで行き先を探す」のではなく、「行きたい場所に行くために辞めよう」と、かなり前から決めていました。

 換言すれば、行きたい場所が見つかるまでは、余程のことが無い限り辞めないと決めていましたし、現にそれを実践出来ました。

 

■もう一つの軸。

 ギャップにイライラや不満を感じて、いくら独立したいと思っても、それだけでは独立を決意できませんでした。

 独立を決意するには、「独立したい/したくない」という軸に加え、もう一本軸があります。

 それが、「独立できる/できない」という軸。

 

■「独立できる/できない」という軸。

 「独立できる/できない」というのは、同じような道を通った先人の状況、独立後の収入見込み、自分が進む道がどれ位見えているか、その道でどれだけ本気でやれるか等、複合的な要素があります。

 

 僕の場合は、独立後の収入見込みは、十分ではありませんでした。 

 ただ、独立しても当面弁護士業をメインでやりますから、十分とは言えないまでも収入見込みはありました。

 また、何より、自分が進む道が以前に比べて格段に見えていたので、「この道を一生懸命突っ走ればなんとかなるんじゃないか」と思っていました。

 というか、「うまくいくかわからないけど、この道しかねえだろ」と思ってました。この道でうまくいかないなら、それはもう自分の限界だから仕方ないと。

 

■小括

 ①「独立したい」という思いと

 ②「独立できる」という見通し

2つの相関関係です。

 僕の場合は、

 ①独立したいという強い思い

 ②独立できる(しても大丈夫だろう)という「ある程度の」見込みがあった(=収入面ではなく、進みたい道が見えたという意味で)

 

■最後に、決断力。

 ●最後は決断。

 ①も②も、実際目には見えないし、絶対的な物差しもないわけですから、最後は「決断するか/しないか」の局面を迎えます。

 ●決断できない人間だった。

 僕はこれまで、自分で決めるということが本当に苦手で、逃げ回ってきました。

 怖くて、不安で、自信がなくて、自分で大きな選択をするなんてとんでもないし、常に誰か側で「それで良い」「それじゃダメ」とお墨付きを与えて欲しい人間でした。

 ●決断できた理由

 そんな僕がなぜ決断できたかというと、勤務弁護士として働いた7年間で、いわば”決断筋力”とも言える力が付いたお陰ではないかと思いました。

 

 勤務先では、大きな裁量を与えていただきました。

 裁量が大きいということは、自分で決めるべき場面が多いということ。

 最終的な責任の所在はさておき、僕自身は、自分が責任を負っているという意識でいました。

 

 さらに、セミナーや講演活動を始めてからは、セミナーの内容から告知文の内容まで、正に自分が決めなければならないことばかりで、良くも悪くも全て自分に返ってきました。

 

 こうして、1000本ノックのように判断と決断を繰り返すことで、決断筋力の無かった僕でも、徐々に決断筋力がついていきました。

 これで最後のピースが揃ったのだと思います。

 

 梅原大吾さん言葉をお借りしたいと思います。

 梅原さんは、日本人で初めてプロ・ゲーマーという職種を築き、「世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー」としてギネスが認定した方です。

 毎日のように変わろうと意識していると、いずれ大きな変化ー覚悟が必要になったときに躊躇せずに行動することができる。

 1年とか2年周期でそんな時期がやってきたとき、普段から変化や挑戦を意識している人は、迷わずチャレンジする道を選ぶことができる。

 普段は自分を変えず、守ってばかりいる人が、大きな岐路に立ったときに正しい決断力を発揮できるとは思えない。

 日々の小さな積み重ねこそが、いざというときに力を発揮するのだ。(「勝ち続ける意志力」(小学館)P104)

 決断筋力のイメージは、これと同じです。

 

■まとめ。

 以上を総括すると、僕が独立を決断できたのは、次の理屈でした。

①「独立したい/したくない」という軸

 →独立したいという強い思い。

②「独立できる/できない」という軸

 →独立できる(しても大丈夫だろう)という「ある程度の」見込みがあった(=収入面ではなく、進みたい道が見えたという意味で)

③決断

 →7年間で鍛えた決断筋力のおかげで決断できた

 超長文をお読み頂き、ありがとうございました。

 今日でこのシリーズは終わる予定です。

 これまでは僕の「経験」をメインに書いてきましたが、今後は、皆さんご自身に当てはめられるような「ノウハウ」として書けたら良いなと思います。