(旧)意識と行動で人生は好転する!

弁護士×プロコーチ×セミナー主催者のパラレルワーカー新井玲央奈のブログ。

「やった人」と「やろうと思った人」の大きな差~その差を生むものは?~

 最近出会った年下の方がいます。

 「これは凄いな」と思ったのは、

 「僕が、やろうと思ったけど結局やらなかったこと、迷った結果やらなかったことを、ことごとくやっている」

というところ。

 

 ビジネス書や自己啓発本には、例えば次のようなことが書いてありますよね。

 「10年後に達成したいことを紙に書きましょう」

 「会いたい人リストを作りましょう」

 「声に出して、自分に対してポジティブな言葉を掛けましょう」

 

 尊敬している人や、憧れの人が言っていることですから、「やろう」と思うわけです。

 だけど僕は、「良いこと書いてあるなー」で終わってしまって、結局やっていないことが沢山あります。

 理由は色々ありますが、どれも言い訳で、「やらない理由」にはなりません。 

 しかし、冒頭に述べた彼は、そういったことを実際にやっています。

 それに気付いたとき、「うわぁ〜、これはやばい」と思いました。

 

 「やろうと思っただけの人」と「やった人」の差は、天と地ほどあります。

 「やった人」は、やってみてどうだったか、語ることができます。

 やってみた効果を享受できます。

 

 「やろうと思っただけの人」は、「あー、それ、効果あるらしいね。俺もやろうと思ってるんだよ」位しか語れません。

 

 「やった方が良いと思うことを、やるか・やらないか」

 「迷ったことを、やるか・やらないか」

 その「結果」の差は大きいですが、実はそれを分けるものは小さな差だと思います。

 

 イメージして下さい。

 地面に、真っ直ぐな棒を垂直に立てます。

 右に倒れるかもしれないし、左に倒れるかもしれない。

 だけど、ほんのちょっとどちらかに力を掛けると、その方向に倒れますよね。

 ほんのちょっと力を掛けただけなのに、倒れた方向(結果)は全く違います。

 これと同じだと思います。

 

 「やるか・やらないか」の差を分けるのは、「良いと思ったことはやる」という習慣が有るか無いかだと思います。

  実際「やろう」と決めてやり始めると、時間もかかるし労力もかかる。

 だけど、「やろう」と決めて取り掛かるかどうかは、実は小さな差なのだと思います。

 

 その習慣が有る人は、「やる」ということが生活の一部に組み込まれているので、大げさな準備や時間のやりくりは不要です。

 その習慣が無い人は、たまたま時間が空いて出来ることもありますが、つい後回しになりますから、やったりやらなかったり。やろうと思ったら一生懸命時間のやりくりをしなければなりません。

 

 習慣が身に付けば、雪だるま式に、どんどん「やったこと」が増えていきます。

 

 「やった方が良いと分かっているのにやっていなかった自分」

 このまま何となく過ごしていたらどうなっていただろう・・・と思うと、ゾッとします。

 

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