自分の幸せは、オーダーメイド。
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誰もが、幸せになりたいと思っている。
だけど、「幸せ」というのは、掴みどころが無い。
■ 幸せのパッケージ
掴みどころが無いのに、いや、無いからこそ、世間は、いくつかの「幸せのパッケージ」を提示する。
「これを手に入れれば幸せに一歩近づきますよ」と、明示又は黙示に囁いてくる。
幸せは掴みどころが無いからこそ、いつの間にか、その「幸せのパッケージ」を手に入れれば幸せになれるんじゃないかと思い込んでしまう。
■ マス目を塗り潰した人を、世間は「幸せ」と呼ぶ。
イメージだけれど、各自に、同じ紙が一枚手渡される。
その紙には、いくつかのマス目が描かれている。
そのマス目の中には、
・ 大企業に就職
・ 結婚適齢期に結婚
・ 夢のマイホーム
・ 年収◯万円
という具合に、色々書かれている。
そのマス目をたくさん塗り潰すことを、世間は「幸せ」と呼ぶ。
だけど。
世間から提示される幸せのパッケージは、既成品であって、オーダメイドではない。
もちろん自分にバシッとハマることもあれけれど、全くあるいは微妙に合わないこともある。
■ 自分の幸せは、オーダーメイド
自分に合うマス目は貪欲に塗り潰せばいい。
全てを否定する必要は、ない。
だけど、自分に合わないマス目を塗り潰す必要はない。
そして、自分に合うマス目を作ればいい。
誰かが、「あなたは、どこまで塗り潰せたの?」と尋ねてきても、全く気にする必要はない。
誰かが、「あなた、まだそのマス目を塗り潰してないの?」と言ってきても、全く気にする必要はない。
他の人がどこまで塗り潰しているかを気にする必要はない。
そう、幸せは、オーダーメイド。
「幸せのパッケージ」に従うことは楽といえば楽。
オーダーメイドするなら、考えて、考えて、考える。
■ 批判ではなく、創造。
気を付けなければならないのは、ただの批判者にならないこと。
「世間が提示する幸せのパッケージなんて、くだらないよ。」
そう批判するのは、実に簡単。
だけど、大切なのは、批判して終わりではなく、自分のオーダーメイドの「幸せのマス目」を描くことだと思う。
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